ベジタリアンについて
そうです。私はベジタリアンなのです。動物性たんぱく質は牛乳、乳製品、卵から取っています
つらかった小学校時代の給食を乗り越え、ただのわがままと非難されながら
やっと今、ベジタリアンと言う言葉も徐々に市民権を得、食べない自由を手に入れたのであります!!
(そんなたいそうなもんか・・・^^;)

イギリス、アメリカ、カナダ、ニュージーランドなど、ベジタリアンの多い国では選択の余地ももっとあると聞いてます
(ニュージーランドのマクドにはベジタリアンバーガーがあるんだって!)
モスバーガーのライスバーガーがんもどきは期間限定で終わってもた(涙)

ちなみに、家族には肉も魚も料理してるよ「殺生してます。ごめんなさい」と感謝とお詫びの合掌をしながら・・・
もちろん人間がみんな草食動物である必要はないと思います。でも、みんなが同じ物を食べなあかんとも思わないんです
牛を食べる人たちが、鯨を食べる人たちを非難するのは納得がいかない。
自分以外の人の文化や背景を許容し、認めることができたら良いなあと思います。
一人一人が自分と,それ以外の人は,同じところもあり,違うところもあることを
「みんな違って,みんな良い」と感じることができれば、いじめも,民族間の戦争ももっと少なくなりはしないかと・・・

インドの,ある宗教の人たちはまばたきや,歩くときにも虫を殺してしまわないか気をつけたり,
息をしたときに吸い込まないようにマスクをしてたりする人もいるそうです。
そこまで徹底することは私にはできませんが、人の心,命,動物や植物,空気,地球そのもの、
一つ一つ,全部大切なものだから、感謝して,恵みを分けていただくという気持ちを忘れないでいたいと思います。
今の私の家族や周りの人にはとても感謝しています。許して,またはほっといてくれて,ありがとう。
ちなみに私はどこの宗教にも属していません。

                                            2000年10月



ベジタリアンについて」でも触れたように、私は、子供のころから動物を食べませんでした。
「動物を食べるのはいやだ!」という子供の感性で菜食をはじめ、ずっと続けてきました。
母は「自分の体に必要な物は、自然に要求するはず。食べたくないものはその体が必要としてないからだろう」と
考えてくれる人だったようで(それでも時々は、強要されて、ハンバーグや焼き魚を食べたこともあるし、
低学年のうちは餃子が何でできてるか、考えもしなかった^^)
食における家族との葛藤は、比較的少なかったかもしれません。

アレルギー体質が原因でベジタリアンになった人もいます。
動物愛護の気持ちからベジタリアンになった人も、環境問題から入った人もいます。
私の理由はただ、肉食動物じゃない私が動物の命を奪って食べる必要性を感じない、というものです。
「野菜だって生き物やん!」といわれて言葉に詰まる、ヤワなベジタリアンです。
もし、健康を損なうことがないなら、根っこから命を奪わずに済む、フルータリアンにでも
なれるのではないかと思いますが、とりあえず子供を育てるという責任を果たすまでの生命は
維持するべきだという気持ちはあるし、身勝手だといわれるかもしれないけど、私の感性の境界線を
心のままに引いて、今は、乳製品と玉子はOKということにしています。
そうは言いながらも、蚊をたたいたり、花を食い荒らす虫さんたちには逝ってもらったりする、
いい加減なやつでもあります。

10年程前に1冊だけ読んだベジタリアンの本で、題も作者も忘れてしまったのですが、
ハンバーガーを安く大量生産するために南米の森林を切り開いて草を植えて牛を大量に放牧している。
草はどんどん食べ尽くされて、砂漠化が進み、森林破壊が加速している、ということが書かれていました。
植物の育たない厳しい寒さの中に住むイヌイットの人のように、本当に、肉食でなければならないという人たちが、
世界にどのくらいいるのでしょう?
日本で、一般市民が肉食をするようになってからの歴史は、そう長いものではありません。
私たちの体に、本当に食肉は必要でしょうか?
今の所、子供の頃からベジを続けてきた私は、身長も特に低いことはなく、いたって元気です。
そんな私が生んだ二人の子供も、アレルギーもなく、元気に飛び回っている子供達です。

                                  2001年