2008年1月11日(金)

↓の記事から4年経った。
相変わらず私は動物を食べない生活をしていて
約640人中一人だけ、給食でなく弁当を持っていくという
わがままをさせてもらっている(^^;)
周囲のみなさんには感謝の気持ちでいっぱいである。


久しぶりにここに書く気になったのは
ず〜っと心の中にあって、
あるけれども忘れながら
それでも時々思い出しては取り出して眺めていた
↓で書いた違和感の正体を
なんとなく掴めたような気が
ちょっと前からしているからである。


4年前に私の中に芽生えて、落ち着いて
居座ってしまった「感じ」は
たぶん「死」の覚悟なのだと思い至った。

人間は誰でも死ぬ。すべてのものには終わりがあると
頭ではなく、私の存在そのものが細胞全部で納得した。

恐れも寂しさもなく、そういうものなんだと わかった


もし不治の病であることを宣告されたり
自分の余命を告げられても平静でいられるかと、よく考える。
実際そうなってみないとわからないし
命の期限と闘ってる人には失礼だといわれるかもしれないが
なんとなく大丈夫。冷静に受け止められる気がするのは
父の言葉や態度が強く記憶に残ってるからかもしれない

「今月末までは もたないでしょう」という、
医者から本人への物言いも失礼だと思ったが
私自身も父に対して心無いことを言ってしまったかもしれない
「せめてあと1年でも長くいられたらいいのに・・・」

父は優しく「1年あったらもう1年、もう1年あったら
あともう1年って、欲が出るからね。
どこかで線引きせんとあかんのよ」って微かに笑って言った。

父は癌を宣告されてから1年3ヶ月と少し生きた。
その間はものすごい葛藤があったと思う。
それでも娘の私には潔いところを見せてくれた
私はその態度、心構えのエッセンスをもらって、
義父や昨年96歳で亡くなった義祖母にも教えてもらって
父ほどの葛藤、苦しみを経験せずに
その境地に至れたような気がする。


地球に生命体が誕生してから脈々と受け継がれてきた命の
私も中継者。
一応命のバトンは次世代に渡したので
これから後の時間をどう生きるかな
私に何ができるかな
ちょっと楽しみ(*^^*)

 

2003年11月

5歳のとき、友達が交通事故で亡くなった。
そのあと、20代前半で、二つ上の先輩、20代後半で仲良しだった上司を78歳で、
30代前半で64歳の父を失って、今回、義父が71歳で身罷った。

「命」について考えている。
時、状況、自分と、相手との年齢によって私自身、受け留め方が違うのだけど、
義父がいなくなったあとの、違和感…
人間って、人生ってなんだろうって、なんだか思春期の頃のような疑問をもって
でも、その頃の想いとは違う答えを探っている、今の私。

答えはきっと、私の中にある。
あるはずだから、見つめてみてる。
今はまだわからない。
違和感の根っこを、何に疑問を感じているのかを、
自分の中でもう少し、時間をかけて整理してみたい。

 

2002年5月13日(月)

母の日に、私の母のところに兄夫婦でも私たち夫婦でもない人から
プレゼントが届いたの。その人は亡き父のためにも度々母のところに
花を届けてくれたりする人です。

母が、その心遣いがうれしくて、お礼をしたら
「若いころに世話になった恩返しがまだできていないからさせてもらったこと。
お心遣いは不要ですよ」と暖かいお返事がありました。

その人には20歳過ぎのお嬢さんがいて難病で、入退院を繰り返してるそうです。
私なら身内にそういう人がいると、そのことでいっぱいになって
他に気が回らなくなるんじゃないか、と思うけど、その人は入社したての何年かを
一緒に過ごした(だけの)私の両親に(会社とはつながりのなくなった)今も
心をかけてくれてる。とてもありがたいことだと思います。                              

その人のことを考えると「徳を積む」という言葉を思い出します。
お嬢さんの回復平癒を心から願ってやみません。                                

 

2002年2月8日(金曜日)

5年のなっちゃんは、毎日、うちの子と7人で登校する班仲間です。
なっちゃんのお母さんは私と同じ年だけど、2年程前から、体をこわして、入退院を繰り返していました。
3日前に会って、「いつも、ゴミ当番を抜かしてもらってるの、悪いわー。ちょっと体調が良くなってきたから
今度は続けてするわね^^」というので「そんなん誰も気にしてないって〜^^」なんておしゃべりしたとこでした。

昨日の朝、子ども達が学校へ行った後、なっちゃんちに救急車が止まりました。
「あ、また、しんどくなったのかな、入院するのかな」って心配になったんだけど、
私は学校で会議が始まるので声もかけずに出かけてしまいました。
別の近所の人が、救急隊員に「一緒に行きましょか?」といったけど「いいです」って言われたって、
なっちゃんのお母さんは、ひとりで救急車に乗っていきました。

私が帰ってきたのは夕方…
家に入る前にまた別のご近所さんに、なっちゃんのお母さんが病院で亡くなったことを聞きました。
だんなさまと…何より、まだ小学生の一人娘を残していかなければならなかった気持ちを思うと
どうしようもなく、胸がつぶれそうです…

病院になっちゃんが到着した時、まだ意識があったのは、きっと、お母さんの最後のがんばり…
しんどくなって、ひとりで病院に向かう車の中で、どんなに心細かったか、怖かったかと思うと辛いです…

今までそばにいた人が、いなくなってしまうことを受け入れるのには、時間がかかります。
陰ながら、なっちゃんを、応援していこうと思います。心からご冥福を祈ります。

 

2002年1月20日(日曜日)

 先日、義父が珈琲豆を買って来てくれました。挽いてない豆でした。
最近は、電動ミルの付いたコーヒーメーカーもありますが、家のコーヒーメーカーにはミルはついていません。
どうしようかな…

キッチンの出窓に置いてある、コーヒーミル。
父が使っていたものを、実家から持ってきて一度使ったんだけど、あまりにも粗い挽き方で
どうやったら細かく挽けるかわからず、それっきり、珈琲屋さんで挽いてもらった豆ばかりを使っていました。

 昔、父の部屋に行くと、ガリガリとミルで豆を挽いて、サイフォンで沸かした珈琲を飲んで
ロッキングチェアーに揺られている父がいました。
小さい頃はさわらせてもらえなかったコーヒーミル。高校生の時には時々、私が挽くようになってたのに
挽き方の調節までは知らず、父に任せていたのでした。

今朝、試しにもう一度使ってみたけど、やっぱり極粗挽き…
「明日、珈琲屋さんに持っていって、挽いてもらおう」と思いながらミルの掃除をしていると・・・
「あ、このねじかな?」・・・・!ふんふん、なるほど(^^)v

ガリガリガリガリ…
おぉ♪極細挽き!ヨは満足ぢゃ(*^-^*)

 義父にもらった珈琲豆を、父のミルで挽く…
暖かい時間がゆっくり流れ、心の中に、また一つ、思いが積もる…